私達はいわば二回この世に生まれる。

私達はいわば二回この世に生まれる。 一回目は存在するために、二回目は生きるために。

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もう、エリクサーから離れられない
使い始めて10年

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幸福とは何であろうか?と

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幸福とは何であろうか?と
その定義から考えなくてはならない自分は
きっと幸福からは遠いところにいるのだろうと思う。
多分、
幸福と言われるモノを享受できる人間は
幸福とは何であろうか?等とは考えない。
考えて出る結論には嘘が纏わり付くから
可視を在るがままに受け入れる事が出来る人だけが
きっと幸福に愛されてる人なのだろうと思う。

ただ、
それが出来ないからと言って
不幸であるとは限らない。
幸福から遠い事と不幸であるかどうかは別の話だと思う。

不幸ではない、幸福ではないだけだ。

それにしても、
幸福には定義が無い。
在るのは解釈だけだ。
とすれば、
追うだけ無駄なモノと成りかねない。
しかしそれも幸福のひとつの姿なのかも知れない。

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未だかつて

未だかつて、自分は本当に幸福だと感じた人間は一人もいなかった。
――もしそんなのがいたら、多分酔っぱらってでもいたのだろう。

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Arthur Schopenhauer

人が天から心を授かっているのは

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人が天から心を授かっているのは、人を愛するためである。 (ボワロー)

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二つの悲劇

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人生には二つの悲劇がある。
一つは心の願いが達せられないこと。
もう一つはそれが達せられること。

[バーナード・ショー]

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行動のない所に

行動は必ずしも幸福をもたらさないかも知れないが、
行動のない所に幸福は生まれない。
Benjamin Disraeli

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某日、神田某所

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自由であることは

 

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自由であることは、自由であるべく呪われていることである。

Jean-Paul Charles Aymard Sartre

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